光る皇室外交


 5月18日、英国を訪問中の天皇、皇后両陛下は、ロンドン近郊のウィンザー城で開かれたエリザベス女王の即位60周年を祝う昼食会に出席されました。出席したのは両陛下をはじめ招待を受けた各国の君主、王族らで、女王夫妻がそれぞれの到着を出迎えました。
 天皇陛下は皇太子時代に、戦後間もない1953年、昭和天皇の名代として女王の戴冠式に参列されましたが、その際感じられたこととして、「戴冠式への参列と欧米諸国への訪問は、私に世界の中における日本を考えさせる契機となりました」と後日語られています。しかしこの外遊の結果、学校の単位が不足し進級できなくなり、長年の学友たちと学年が異なることを回避するため、以後は聴講生として学問を続けることとなったり、結核に感染して、4年間もの治癒を受けることになったり、犠牲を払った訪英でした。
 以来、60年間にわたって英王室との親交を深め、心臓手術をして間もない今回も、英国王室との友情を大切にするために祝賀行事への出席も強く希望されていました。60年前の戴冠式の出席者で、今回英国を訪問したのは、日本の天皇陛下とベルギーのアルベール2世国王の二人だけということです。ここにも重みを感じずにはいられません。
 紀元前660年2月11日に建国されて以来、万世一系の皇統として2672年間も続く世界最古の皇室は、世界的にも超名門という位置づけにあり、私たち日本人のかけがいのない誇りであり、国民のこの上ない心の拠り所でもあります。
 東日本大震災においても、毎週のように被災地に通われて避難民を慰められ、今回もまた病み上がりのお体を押して遠路英国へと赴かれた天皇皇后両陛下には、本当に心より頭が下がります。国民からも心から慕われる皇室の存在は、日本の希望の光でもあります。
 天皇皇后両陛下の末永いご健勝とご多幸をお祈りするとともに、政府与党が以前あったような無理無謀なご負担を2度とお掛けしないように、細心の配慮を求めたいと思います。

▼60年前、戴冠式の後、1ケ月英国に滞在中に女王と親交される


伝言ゲーム


 5月17日、東京電力福島第1原発事故当時に経産相だった海江田万里衆院議員が、国会の事故調査委員会国会議員で初めて参考人として出席し、事故直後の政府内の混乱を認めた上で、官邸と東電本店、原発の現場で情報が共有できなかったことを振り返り、「3者が伝言ゲームをやっている感じだった」と、笑えない真実を明らかにしました。

 当時、海江田氏は官邸の地下、菅直人前首相は5階で執務と居場所も離れ、海水注入開始を把握した時間も異なり、「意思の疎通ができなかったことは、大変マイナスだった」。菅氏の福島第1原発視察は「決まってから知った」とも話しました。また、事故発生後、原子力緊急事態宣言を出すまでに時間を要した理由を「総理の理解を得るのに時間がかかった」と主張しました。

 今後、当時の枝野官房長官、菅首相にも参考人として真実を明らかにするために証言の場が求められる予定ですが、正直に語られれば、まだまだ呆れた部分が続出することでしょう。「伝言ゲーム」に表されるのは、バラバラな個体同士が稚拙な連絡関係にあったことです。この事故直後の稚拙でバラバラな対応ぶりが、今の再稼動問題においてもまだ続いていることを見れば、これが民主党の体質であり、組織として機能できない一人親方の寄合所帯であることが読み取れます。甘いマニフェストに騙されて、この政党に政権を与えてしまった国民は、今も尚危ない橋を渡っている最中です。

 


ストラスブール美術館展



 5月17日、福井県立博物館で開催されている「ストラスブール美術館展」に行ってきました。ストラスブールには、4年前に訪問したことがありますが、美術館を拝観する時間も無く、ただ美しい街並みを眺めただけでしたが、ドイツとの国境近くにあるフランス北東部の中心都市として栄えた町で、EU議会などがある政治の町であるだけでなく、10館にも及ぶミュージアムを擁している文化芸術の町でもあります。
 中でも、このストラスブール近現代美術館は町の顔であり、コレクション総数は18,000点にも上り、その中で、ゴーギャン、ピカソ、ルノワール、シスレー、ボナール、マグリット、シャガール、マリー・ローランサン、カンディンスキー、ミロ、ブラック、ロセッティなど選ばれた53作家83点の作品が今回福井にやって来ました。
 ゴーギャンの静物画やピカソの大作、ローランサンの淡いピンク、力強いミロなど、心惹きつける作品が目白押しでしたし、今まで知り得なかった作者の作品にも未知のものを発見したような喜びを感じました。
 平日というのに、会場は多くの人が来館され、熱心に名作を鑑賞されていましたし、同時に開催されている所蔵品展でも、福井松平家伝来の6曲1双の超大型屏風、狩野安信作の「竹虎図屏風」の豪快で雄大で何処かしらユーモラスな虎の絵に、一様に感動されている様子でした。この大屏風は、1929(昭和4)年以降、行方が分からなくなっていたものでしたが、一昨年83年ぶりに発見され、一般に公開されるのが今回初めてということです。
 この「ストラスブール美術館展」は、5月20日の日曜日まで開催されていますので、残り少ない期間となりましたが、一人でも多くの県民の皆様にご覧いただきたいと思います。

恥を知るということ


 5月15日、鳩山由紀夫元首相は、沖縄 の本土復帰40周年に当たり、総理退陣後初めて沖縄県を訪問し、普天間基地のある宜野湾市で講演し、普天間基地の移設問題について「今でも皆さんと同じだ。“最低でも県外”という気持ちを果たさなければ、皆さん方の気持ちを十分に理解したとはいえない」と述べ、国外を含む県外移設が望ましいとの認識を重ねて示しました。
 鳩山氏は首相在任中、普天間飛行場の移設先について「最低でも県外」 と訴えながら、結局、同県名護市辺野古とする現行計画に回帰し、移設問題を混乱させ、沖縄県民の強い怒りを買った経緯があります。 
 講演では「結果として、皆さん方に迷惑を掛けたことを心からおわびしたい」などと繰り返し陳謝したようですが、沖縄の聴衆の呆れ顔が目に浮かぶようです。というよりも、そんな鳩山氏の講演会に参加した人が一体何人居たのでしょうか。
 先月にも鳩山氏は政府が止めるのも聞かずに渦中のイランを訪問し、アフマディネジャド大統領と会談した直後、「鳩山元首相が、『IAEAはイランを含む一部の国に二重基準を適用していて、これは不公平だ』と批判した」とイラン政府に発表され、物議を醸したばかりです。
 鳩山氏は総理時代には、
「総理大臣まで極めた人がその後、影響力を行使することが政治の混乱を招いている。総理大臣を経験した者は政界に影響力を残すべきでない」と明言して、国会議員でいることさえも否定しました。今まさに、他の誰よりも鳩山氏自身が最も愚かな影響力を振って、国と後進に大迷惑をかけ続けているのを見るに付け、“恥”を知らない人物を総理にしてしまった“国民としての恥”を痛感するものです。
 写真では、「政治家がバカでは国もたぬ」というフリップを提していますが、自分自身に客観性を持たないことの恥ずかしさを教える意味では、今後の政治家たちへの鮮烈な反面教師となることでしょう。できれば夫人とともに好きな宇宙にお帰りいただきたいと思うのは私だけでしょうか。

急流中底之柱

 
 5月14日、福井県護国神社を参拝し、新設された「急流中底之柱」を見学しました。
「急流中底之柱 即是大丈夫之心」(きゅうりゅう ちゅうていのはしら すなわちこれ ますらをのこころ)、橋本左内が常用の本箱のふたに記した言葉です。「急流の中にある柱のように、いかなるときも、動じず流されずに雄雄しく立っている姿こそが、大丈夫(ますらを)の心である」この言葉を胸に、常に何事にもブレない心で万事に当たられたようです。
 丁度1ケ月前の4月14日に、坂井市丸岡町竹田地区の遺族会から寄贈された杉の大木が、橋本佐内先生の命日の10月7日に因んで10.7mの長さに整えられて、境内の中央部に建立されました。当日は木遣り唄やお木曳き、立柱の儀、敷石行事、石碑除幕などのセレモニーを多くの氏子の皆様のご参列の下に盛大に執り行われました。
 私も、4月24日の東京都荒川区南千住の套堂を視察し、回向院の墓参、翌25日には地元福井市の佐内公園の墓参、そして5月14日御祭神として祀られている護国神社の急流中底之柱の参拝をして、一連の橋本佐内先生所縁の場所めぐりを果たしました。今、県難にある福井県の進む道を模索している自分の心のどこかに、橋本先生のブレない生き方を追い求める気持ちが働いたのかも知れません。
 どっしりと、そして真直ぐに天に向かって毅然として聳え立つ白い柱を見詰めていると、福井県民のこれまでの姿勢や今後の生き方を象徴しているかのように思えて来て、すっきりとした気分になれそうです。
 あらためて「啓発録」の五項目を記して、己の戒めとしたいと思います。

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一、稚心を去る(去稚心)

 子どもじみた甘えを脱却せよ。
 遊びにばかり熱中し、甘いものをむさぼり食い、毎日怠けて安楽に流れる。それも幼い子供のうちは強いて責めるほどのこともないが、学を志す十三、四にも なって、そんな気持ちが微塵でも残っていたなら、何をしても決して上達することはない。まして天下一流の大人物になることなど程遠い。

一、気を振う(振気)

 恥辱を知って、人に負けまいと強く決意せよ。
 気とは、負けじ魂と、恥を知り、それをくやしく思う気象のことである。常にそうした心を持ち、その精神を奮い立たせ、緊張をゆるめず油断のないように努力しなければならない。

一、志を立つ(立志)

 自分の目標を揺ぎなく定め、ひたすら精進せよ。
 志とは自分の心が向う目標である。一度決心したからには、真直ぐにその方向を目指し、迷わず進まなければならない。聖賢豪傑になろうと決意したら、聖賢豪傑らしからぬところを日一日取り去っていけば、どんなに才能が足らず、学識の乏しい者でも、最後には聖賢豪傑の地位に到達できるはずである。 また、志を立てる近道は、聖賢の考え方や歴史の書物を読んで、その中から深く心に響いた部分を抜書きし、壁に貼り付けたり、常用の扇にしたためておくなど、常に目に触れるところにおき、自分を省みることである。

一、学に勉む(勉学)

 優れた人物の立派な行いを見習い、実行せよ。
 学とは、本を読んで知識を吸収することだと思われがちだが、それは間違いだ。学問とは、優れた先人の立派な行いに習い、自分も負けるものかと努力することであり、忠義の精神を養うことである。どのような立場になろうとも、私心を捨て、公のために貢献しなければならない。
 次に勉とは、自己の力を出し尽くし、目的を達成するまではどこまでも続けるという意味である。何事によらず、強い意志を継続し、努力を続けなければ、事は成らない。

一、交友を択ぶ(択交友)

 自分の向上につながる友を択(えら)べ。
 自分と交際してくれる友人は、皆大切にしなければならない。しかし、飲み食いや歓楽を共にするために付き合い、馴れ合うことはよいことではない。学問の 講究、武芸の練習、志や精神の研究などの上で交わりを深めるべきである。堕落につながる交際を求める友人がいたら、正しい方向へ導くべきである。
 また、自分の過ちを遠慮なく指摘してくれる友は、時に厄介(やっかい)なものではあるが、とても大切だ。
 厳格で意志が強く正しい。温和で人情厚く誠実である。勇気があって果断である。才知が冴え渡っている。小事にとらわれず度量が広い。この五点を目安に友人を見定めればよい。小人は、他人にへつらい媚び、小利口で落ち着きがなく、軽々しくいい加減なものであるが、すぐに心安くなれるので、世間では人柄がほめられたりするものである。しかし、聖賢を目指そうと志す者は、彼らとは違った厳しい目を持たねばならない。

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 私たち県議会議員も、この言葉に謙虚に耳を傾け、私心を捨て、県だけでなく国のためにも、強い意志を持って課題に立ち向かわなければならないと思います。



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