「北陸政界」に実質勝訴を勝ち取る

168522552_5069727986434854_8608433313549025667_n「勝訴的和解」で終結!
昨年1月に私が北陸政界を名誉毀損で提訴した裁判については、記事の通り、私の「勝訴的和解」で裁判が終結したことをご報告します。(判決を待てば、謝罪や今後改善の約束を得る可能性が小なので和解を選択しました)公判の中で最も驚いたのは、斉藤新緑県議が作成した陳述書が北陸政界側の証拠として提出されたことです。つまり、私の名誉を毀損した記事のニュースソースの一つが斉藤新緑県議への取材だったことが明らかとなった訳です。大変残念な舞台裏でした。今後のことは弁護士と相談しております。18年間、北陸政界には事実でない事なのに何度も誹謗中傷記事を書かれて来ましたが、大人の政治家の余裕として大目に見て来ました。しかし、今回だけは13名の仲間議員の名誉まで毀損したこと、あたかも犯罪を働いたかのような悍ましい表現をしたことで限度を超えていたため敢えて今後の為にも断固として提訴に踏み切りました。一部の政治家が雑誌を悪用する政治風土は刷新して行かなければなりません。若い政治家たちが不当な妨害に合わないように私たちが守っていかなければならないと考えております。


藤井裕久富山市長候補を激励!

165709766_5039689392772047_4998696620707920464_n3月28日、青年会議所の後輩で元富山県議会議員の藤井裕久君が4月の富山市長選に出馬されるので、後援会事務所に激励に伺いました。しっかりと日に焼けた精悍な顔つきの元気な藤井君を見て、これなら十二分に勝機有りと感じ取りました。懸命に応援している庄司昌弘県議と三人で記念写真。庄司県議は、昨年私が声掛けして設立した北陸三県の保守系一期議員の会「北陸三県令和元年会」の会員で、「コロナもあり、さらに知事選で会派が割れたため、活動できずに寂しい」と打ち明けられました。私は「旅をするほど強くなれるから、それを生かせる未来を作りましょう」と励ましました。頑張れ!藤井候補!!そして庄司県議!


エコフィールドとみつを視察

164149089_5023728777701442_5616677898510396546_n3月24日、先頃、農林水産省鳥獣害対策優良活動で農村振興局長賞を受賞された「エコフィールドとみつ」さんを視察させていただきました。地元の仁佐市議や毛利市議、そして関心の高い室谷市議とともに北潟地区富津区の吉村智和さんや杉田一彦さん、康彰さん親子、そして福島さんからお話を伺いました。名産のさつまいも冨津金時を狙って早くからイノシシが出没するようになり、区全体で電気柵や固定柵を張り巡らし、最高で収穫量の5%の被害があったものが現在はほぼ0%まで抑え切っている成果は素早い決断と行動、そしてチームワークの賜物です。今の心配はまだ東方からの進入路が封じられてないことと、北潟小学校やこども園付近にイノシシが数頭目撃されており、こどもたちの人身被害を予防することだとも伺いました。一日も早い地域ぐるみの対策が求められています。


国道・県道の5期成同盟会総会

161587847_4994628893944764_5496452752530974848_n3月18日、県道の、「芦原温泉駅-北野線」「水口-牛ノ谷線」「南中央線」「北潟湖サイクリングロード」の4路線と「国道8号」の各建設促進期成同盟会の総会が開催され、それぞれ報告を兼ねてご挨拶させていただきました。めでたく新規事業化が決定した路線、道路改良したものがある一方で、交通量が少なく集落のバイパスが事業化されない道もあり、関係者の方と実現方に向けて個別に協議させていただきました。


北潟漁協の総会

160898014_4976114595796194_5917550424045270041_n3月14日、北潟漁協の通常総会が開催されました。私からは、新年度の県水産部門の予算案を説明するとともに、県が測定している北潟湖の塩分濃度が低く安定していること、洋上風力発電の経過などを報告しました。ただ、ワカサギやシラウオの漁獲は増えているものの、看板の小女子やウナギが減っていることや、フナも回復していないこと、逆に外来魚が増えていることなどの懸念材料を受け止め、明日からの議員活動の中で対応したいと思います。


坪江地区区長会

160211603_4976090032465317_6208536594315428997_n3月13日、坪江地区区長会の政治懇談会が開催されました。私から、大雪で渋滞した国道8号の早期4車線化を国に求める署名活動を呼び掛け、本区長会が主体の一角を引き受けてくださいました。また、牛ノ谷の立体交差が今秋着工することをご報告しました。熊坂川、権世川、観音川などの浚せつの要望があったので、翌朝に細呂木や劔岳地区の川も全てまとめて視察し、写真撮影しました。これを元に、翌々日、三国土木事務所に出向き、神門所長と写真を見ながら協議し、浚渫の必要性を訴えました。